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中山恵理奈

なぜこんなことになってしまったのか」、それがあの時秋葉の駅前のゲーマーズの店先で握手を待っていた自分の素直な心境だった。今だからこそ語ろう。特別遊撃班の名声に溺れて自分の魂を削った愚かなオタの物語を。

最初は軽い気持ちであった。「おいしいから」の一言で無如意によって入手されたGAミュージカルのDVDとそれの特典であるイベント参加券。それに先立って哲也によって双恋ライブのDVDが入手されていたという事実が無如意の芸人魂に火をつけていたことは明白である。今にして思えば「あのアスベスト野郎、余計なことしくさりやがって」といった感じだ。そりゃ、あの時は必死に買うように煽ってたけど。

本来ならあのイベントはGAミュージカルを実際に観に行って、DVDも「欲しい!」の一心から予約して(無論ゲーマーズで。これには参加券入手の他にブロッコリーというブランドを大切にしたいというGAミュージカルオタの思いが込められている)購入し、DVDプレーヤーが悲鳴を上げるくらい何度も観直して、出演しているキャストをこよなく愛する人間が行くようなイベントだったのである。我々は何一つその条件を満たしていなかった。ミュージカルに実際に行ってないのは前提として、せっかく手に入ったDVDもほぼ未見の状態。キャストの名前、特徴、戦い方なども一夜漬けもいいところであった。それだけならまだいい。これならゼロの状態ということだ。プラス要素もないが取り立ててマイナスになるようなところも無い。(まあ生粋のGAミュージカルオタからすりゃこの状態でもやばいくらいマイナスだろうが。)しかし、我々には多くのマイナス要素があった。ブロッコリーは毎回話題に上がるたびに罵倒の対象にしかならないし、キャストに関しては人を人とも思わないような発言が軍団内では飛び交っていた。ランファなんぞに至ってはコードネームはデアリヒターである。ある意味で大前、鉄砲よりひどい扱いだろ。普通に戦っても勝ち目のない連中なのに、これでは勝てるわけがない。戦闘前から毒眠り麻痺混乱沈黙暗闇石化ドンアクドンムブ死の宣告ウイルス状態である。愛の欠片もない人間が溢れるほどの愛を必要とされる場所に行った時果たして何が起こるのか。狂気の沙汰とも言える実験はただ静かに始まりを待っていた。

決戦当日。秋葉で無如意と合流するが、正直この時点で結構後悔していた。何かいつものイベントとは異なるプレッシャーがあったのだ。握手会は初めてだったがここまでのプレッシャーを感じるものなのかという疑問が浮かび始めていた。ハマーンがグワンバンから出てくるのを隠れて待つカミーユもこんな心境だったのか。しかし決定的な違いはカミーユの存在もまたハマーンにプレッシャーをかけていたということだ。こちらはというと相手にプレッシャーをかけるどころか初めて目にするミュージカルオタにすら戦戦恐恐としてしていた。奴らですら相当な念の使い手であった。ヒソカレベルの禍々しいオーラが曇り空の下ゲーマーズの店先に渦巻いているのである。これじゃウイングさんだって警戒するだろ。腹が痛くなったと逃げ出すことも考えたが、特別遊撃班の名を汚したくないというプライドがなんとか押しとどめた。本当に馬鹿な男である。ここでにげてりゃなぁ。別に罵られると気持ちよくなっちゃうとかそんな属性は持っていないのだが、この時ばかりは水銀燈に罵られても何も言えまい。そしてついに奴らが姿を現した。

そこにはオメガウェポン、オズマ、全てを越えしものが並んでいた。デアリヒターがいないだけマシかと前日は思っていたものの、実際目の当たりにしてみるといかに自分のレベルが低かったか思い知らされた。そしてこちらに変身の隙、いやベルトを準備させる時間すら与えず戦闘は始まった。そして開始直後のEternal
Loveとわけのわからんミュージカルソング。もうわけわからん。そして店先で思いっきりコールできる連中、お前ら公道って何かわかるか。しかし、どこぞの誰かがそう言ったとしても奴らを止めることは不可能だっただろう。それほどまでに凄まじかった。こちらはというとコールどころかただただタイガーである。もしかしたら人生のうちであれほどタイガーに専念できるイベントはあれが最初で最後かもしれん。そして超究武神覇斬も真っ青になる流れるような連撃で次のコーナーへ移っていく。ぶっちゃけこの辺りはもうあんまり覚えていない。ただひたすら耐えた。ジャンケンコーナーで無如意がかなり惜しいところまで行った気はするが。あとはミュージカルオタ以外喜ぶはずもないトークがひたすら続いていく…。まさに拷問であったが、なんとかイベント自体は終わった。しかし、この後真の地獄を君は見る…。

ついに始まった握手会。ゼロ距離での超接近戦に挑むため、いや己が魂の器の大きさを計るためにミュージカルオタの中に並ぶ。イベント中は野次馬もいたが、ここに並ぶのは本気でミュージカルを愛している精鋭たちである。そこに一人紛れ込む自分は後悔よりも惨めさを感じるようになっていた。握手会の様子なんてゆかりんの握手会の映像をDVDで観たくらいのレベルのことしか知らなかったが、それとは全く異質の空間が目の前に現出されていた。相手がゆかりんなのか、それとも全てを越えしものなのかというレベルには収まらない違い。あの映像を観る限りもっと流れ作業ぽかったじゃんかよ!どうせ山パンと同じようなもんだろと思ってたのになんだよ、あれは!喋りすぎだろ、ミュージカルオタ!そして刻一刻とせまりつつある自分のターン。ここまで自分のターンが来て欲しくないと思ったのは初めてだ。並んでいる間になんとか喋ることを考えようとしたが、その努力もむなしくついにターンがきた。

第一戦はオメガウェポンこと白川りさである。こいつに関しては事前にわずかながら猛士データベースを調べておいた。故に戦闘開始直後のレベル5デスで即タイトル画面送りということにはならなかったのである。何を喋ったのかはろくに覚えていない。それでもこの3人、いや3体の中では一番まともに記憶しているのだが。こいつがイベントでコンパニオンらしきものをやっていること、ネトゲーのことなどでなんとか命を繋いだ。しかしオメガウェポンにコンパニオンなぞやらせたらメキドフレイムでイベント会場が大変なことになる気がするが。ウェポンオンリーのイベントなのだろうか。そうこうしてるうちにクロックオーバーとなった。HPをゼロにするには程遠いがとりあえず生きてはいた。満身創痍ながらも次の相手との戦闘行為に入る。次は中山恵里奈である。「中山恵里奈」、この時我々はこの名前が後にどれだけの災厄を巻き起こすか知る由も無かった…。

全てを越えしものに関しては全く何も知らなかったのでなんとかミュージカルネタで繋ぐしかなかった。ありったけのミュージカルネタでオーバードライブ技を叩き込むものの、ノーダメージもいいところであった。だがノーダメージだろうがなんだろうが、相手からの攻撃さえ受けなければいい。世界最後の日さえ発動させなければ、勝てなくとも生き延びることはできるのである。勝利よりも生きて次に繋ぐことを考えなければならない。この悲劇を皆に伝えねばならない。この時自分の頭にはそれしかなかった。無如意はFFをやる際防御を重視したプレイをするみたいだが、自分は攻撃を最重要視している。ここでもこっちから中山に質問を浴びせかけまくることで奴の動きを止めていた。だが、永遠に続けられるオーバードライブ技はない。ミストナックなら良かったのだが、FF12を知るのはもう少し後の話である。ついにオーバードライブゲージがゼロになった。ぶっちゃけ本気でやばいんですけど。いや、まじで。となりのオタがそろそろ終わっているのではと一縷の望みを持って左側を見てみると…ミュージカルオタ話なGEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!全然おわんねーよチクショウ。まさにそんな感じだった。となりのオタは嬉々としてオズマと喋っている。中山からは逃げられない。辺りにとてつもないミストが充満しようとしていた。空気悪いっスよ〜どころの騒ぎではない。もはや何もできなかった。そして中山の全力全開の一撃を受けることになる。世界最後の日が発動して完全に戦闘不能となった。その場に倒れこみたかったが、奴はそれすら許さなかった。読まれていたのだろうか。こいつは面白半分でここに来ただけだと。それを償うための死なのか。次の瞬間、突如自分の前にフリーダムが現れ、セイバーのごとくバラバラにされた…。それだけならまだいい。更にとどめとばかりにかろうじて無事だったコックピット部分も中山の駆るエクスカリバー装備のフォースインパルスによって貫かれた…。オズマと話していたオタはクロックオーバーということで、強制送還される大陸の方々のごとくマネージャーに連れ去られたが、既に何もかも遅かった。オズマを目の前にして、もはや何もできるわけが無かった。ただオズマによってもう一度殺されただけである。その瞬間自分の眼にはデスティニーのパルマフィオキーナによって頭部を破砕された後、アロンダイトで一刀両断にされるデストロイの姿が映った…。

その後のことはよく覚えていない…。テレビの取材を受けそうになったが拒否して、無如意に「面白半分でこんなところに来たが、やけどじゃすまなかったな…」と語って秋葉を後にした。その日の種死はやけに優しい気がした。種死だけではない。あらゆる二次元が優しかった。声優オタを自負する以上、二次元専門のオタに比べれば多少は三次元もいけると思っていたが、このザマだった。あいつらは2.5次元でもなんでもない。ただの三次元だ…。気持ち悪い…。

著 ゆかりん

 

後編に続く

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